ようこそ白山百景へ

このサイトでは下界や離れた山々から遥拝する白山の姿 
登拝道を歩いて初めて見えてくる白山の風景や動植物  
白山信仰にまつわる史跡や神社仏閣等を紹介してゆきます

平泉寺白山神社 本社 越南知社 別山社

平泉寺白山神社
平泉寺白山神社 本社

拝殿の真後ろが本社

拝殿を左右から回り込むと石垣で一段高くなっている上方に本社が見えてきます。


石段が老朽化しているためか、石段の上に鉄製のステップが設えてありました。
おそらく、苔に覆われているために石段は相当滑りやすい状態になっているのだと想像されます。


平泉寺白山神社 本社

平泉寺白山神社 本社

階段を上り切ると本社が現れます。

狛犬

本社手前の左右には狛犬が配置されています。

狛犬 阿形

向かって左が阿形で前足に子供を抱えています。

狛犬 吽形

右に吽形、前足を玉に乗せています。

続いて、平泉寺白山神社のHPによる解説からご紹介します。

本社(御前峰御本社)ごぜんがみねほんしゃ

白山の主峰である御前峰の神・伊弉諾尊(いざなみのみこと)をお祀りしています。
本社は1795年(寛政7年)に第12代福井藩主・松平重富により再建されました。
総欅(そうひのき)の入母屋造榑葺(いりおもやづくりくれぶき)。
外観は白木造りですが、内部は美しく彩られています。

御本社を中心に右に別山社、左に越南知社を配するのは、白山を構成している3つの山と神々をあらわしています。
今は失われていますが、中世から近世にはさらに金釼社(かなつるぎしゃ)と加宝社(かほうしゃ)が加えられ、五社が整然と立ち並ぶさまは壮観であったことでしょう。

本社の内扉は33年に一度開けられます(御開帳)。
次の御開帳は2025年(令和7年)5月です。

https://heisenji.jp/map/
昇り龍
降り龍

昇り龍・降り龍

本社の龍の彫刻にご注目ください。
唐破風(からはふ)を支える柱に見事な昇り龍と降り龍の彫刻が施されています。

https://heisenji.jp/map/

さらに、ChatGPTに本社の彫刻について解説してもらいました。

本社の彫刻について

彫刻の特徴

以下、主な彫刻モチーフとその特色を整理します。

龍(昇り龍・降り龍)

本社の正面、唐破風(からはふ)を支える柱に「昇り龍・降り龍」の彫刻が施されています。平泉寺白山神社+2ふーぽ+2
この龍の表現が「今にも動き出しそう」「ウロコや身体のくねりが豊かで躍動感がある」と評されており、建築物の一部を「支える」彫刻としてだけでなく、装飾としても非常に美しいものとされています。アメーバブログ(アメブロ)
また、公式案内でも「本社の龍の彫刻にご注目ください」と紹介されています。平泉寺白山神社

概要

福井県勝山市にある平泉寺白山神社の本社(御前峰御本社)は、江戸時代の寛政7年(1795年)に、当時の福井藩主である松平重富により再建された社殿です。平泉寺白山神社+2fukureki.com+2
この社殿は入母屋造・榑葺(くれぶき)で、外観は白木造りですが内部は彩色が施されており、建築・彫刻ともに見どころの多い建物です。平泉寺白山神社+2アメーバブログ(アメブロ)+2

その中でも特に「彫刻」が非常に優れており、見学者から「屋根を支える龍の彫刻」「木鼻や虹梁に施された麒麟・象・鶴・雁・松などの彫刻」などとして注目されています。komainu.org+1

麒麟・象・木鼻・虹梁等の細部彫刻

社殿の木鼻(柱の端の飾り)には象の姿、虹梁(柱上部の横木)には龍、また屋根・壁面の周囲に麒麟などの想像上の生き物の彫刻が確認されています。komainu.org
このような彫刻群は、江戸後期における神社建築装飾の一例として、装飾性・象徴性ともに優れていると見ることができます。

鶴・雁・松などの自然・鳥獣モチーフ

本社の側面・壁面には鶴・雁・松などが彫られており、これらも「本社の側面の鶴や雁、松などの彫刻も要チェック」と位置づけられています。アメーバブログ(アメブロ)
特に、壁面に木彫りで鶴が浮き彫りになっている例は、神社建築でもやや珍しい装飾だという指摘もあります。アメーバブログ(アメブロ)

白山妙理大権現の扁額

白山妙理大権現の扁額

扁額には白山妙理大権現の文字が掲げられています。

この辺りをChatGPTに解説してもらいましょう。

本社の扁額「白山妙理大権現」について、意味・由来・歴史的背景・鑑賞ポイントを分かりやすくまとめます。

意味と読み

  • 「白山妙理大権現(はくさん みょうり だいごんげん)」は、白山信仰で祀られる権現名の一つです。
    • 「妙理」は仏教語で深い法(真理)を示し、「大権現」は仏が神の姿で現れた(垂迹した)存在を表します。ウィキペディア

扁額が示す神格(本地垂迹の関係)

  • 白山妙理大権現は、白山信仰の神が仏(本地仏)と結びついた神仏習合の呼び名で、本地仏は十一面観音菩薩とされることが伝わっています(=神が観音の権現と考えられる)。石川県公式ホームページ+1
  • また資料や現地案内では、白山妙理大権現が伊弉冉尊(イザナミ)と結びつけて考えられる場合があると説明されています(白山の山岳信仰や修験道と結合した伝承の一端)。アメーバブログ(アメブロ)+1

平泉寺白山神社との関係・歴史的背景

  • 平泉寺(中宮平泉寺→白山神社)では、本社扁額に「白山妙理大権現」と掲げられており、これが泰澄(白山開山の僧)ゆかりの信仰名に通じると説明されることがあります。神社の図鑑+1
  • 平泉寺本社は江戸期(1795年・寛政)に再建された建物で、扁額の掲示はこの社格・由緒を示す重要な標識になっています。旅人のブログ

文化的・象徴的意義

  • 扁額の文言は単なる名札ではなく、神仏習合期の宗教観(神=仏の権現)と白山信仰の本地観を端的に示すものです。境内や鳥居の他の額(例:「白山三所大権現」)と合わせて読むことで、ここが白山信仰の中心的な「場」であったことが実感できます。平泉寺白山神社+1

本社の解説はここまでとします。

左に進むと越南知社があります。

越南知社(おおなむちしゃ)

越南知社

本殿に向かって左の社です。
大己貴尊(おおなむちのみこと)を祀っています。
大己貴尊は大国主命(おおくにぬしのみこと)とも申し上げます。

https://heisenji.jp/map/

ChatGPTによる解説

🌿 大己貴尊(おおなむちのみこと)とは

大己貴尊は、日本神話における国造りの大神であり、もっともよく知られた別名が── 大国主命(おおくにぬしのみこと)です。
『古事記』『日本書紀』などにおいて、両者は同一神とされています。

🏔 神話での役割と物語

① 出雲神話の主神

大己貴尊は、出雲の国造りを行った神として有名です。
少彦名命(すくなひこなのみこと)と協力して、山・川・木・薬草などの神々を整え、国土を平定していきます。

② 多くの試練と再生の神

彼の若い頃の名は「大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)」で、兄神たちに命を狙われたり、焼かれたりと多くの受難を受けますが、母神や奇跡によって蘇ります。
→ そのため、再生・医療・温泉・縁結びの神として信仰されています。

③ 国譲りの神

最終的に、大己貴尊は天照大神(あまてらすおおみかみ)側の使者に国を譲ります(「国譲り」神話)。
その後は「幽界・根の国」の支配者となり、地上を見守る立場になります。
この構図が「天(アマテラス)と地(オオクニヌシ)」のバランスを象徴します。

白山信仰・平泉寺白山神社との関係

白山信仰の本社である平泉寺白山神社にも「大己貴尊」が祀られています。
白山三所権現(白山比咩大神・伊弉冉尊・大己貴尊)などの組み合わせで現れ、
これは「天地・陰陽・生成」の三位一体を表す構成です。

  • 白山比咩大神(菊理媛命) … 白山そのものの女神・調和を司る
  • 伊弉冉尊(いざなみのみこと) … 生命と死・母性の神
  • 大己貴尊(おおなむちのみこと) … 国土経営・人の縁・現世の守護

👉 つまり、大己貴尊は「地上界(現世)」を司る白山の神として信仰されています。


別山社(べつさんしゃ)

本殿に向かって右の社を別山社といい、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)を祀っています。
天忍穂耳尊は、天照大神(あまてらすおおかみ)の子、天孫降臨された瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の父にあたります。

https://heisenji.jp/map/

こちらもChatGPTに解説してもらいましょう。

🌞 天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)とは

🔹神名の意味

  • 「天(あめ)」… 高天原(たかまのはら=天上界)
  • 「忍穂耳(おしほみみ)」… 「稲穂の実る音を聞く」という意味を持ちます。
    → 豊穣・稲作の神としての性格を表しています。

つまり、神名全体で「天上の稲穂の実りを感じ取る神」という意味になります。
この名からも、彼が稲作・五穀豊穣・天孫降臨の始まりを担う神であることがわかります。


🏯 神話における位置づけ

🔸系譜(血筋)
  • 父:天照大神(あまてらすおおみかみ)
  • 母:高木神(たかぎのかみ)または思兼神(おもいかねのかみ)の娘・万幡豊秋津師比売命(よろづはたとよあきつしひめのみこと) とされる場合もあります。
  • 子:瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)(=天孫降臨の主神)

つまり、天忍穂耳尊は**天照大神の皇子であり、天孫降臨神話の“父神”**にあたります。


🌾 神話での役割

「天孫降臨」の命を受けた神
  • 『古事記』によると、天照大神が「地上を治める神を送ろう」と思い立ち、
    まず最初に遣わそうとしたのが天忍穂耳尊でした。
  • しかし、彼が降臨の準備をしている間に、
    地上では葦原中国(あしはらのなかつくに=地上界)の支配権を巡る争いが起こります。
  • そこで、最終的に降臨するのは彼の子・瓊瓊杵尊に代わることになります。

→ この流れから、天忍穂耳尊は「天と地の橋渡しの始まりの神」として位置づけられます。

🕊 白山信仰・平泉寺白山神社との関係

白山信仰は、天界・地界・冥界の三層構造を重ね合わせた信仰体系を持っています。
この中で天忍穂耳尊は「天上界の神(天津神)」の代表的存在として祀られることがあります。

特に、天忍穂耳尊は「天孫降臨」を導く神格として、
白山を経由して“天の稲穂”の力が地上に注ぐ、という象徴的構図に重なります。

平泉寺白山神社では、境内の脇社・摂社の中に天忍穂耳神社があり、
白山を守護する「天津系統の神」として祀られています。

これは、白山が単なる山岳信仰ではなく、
天(天津神)と地(国津神)を結ぶ霊山と考えられていたことを示します。

最後に三十三式年大祭の日の本社の様子をいくつか写真と動画を上げておきます。


三十三式年大祭の本社 越南知社 別山社

拝殿から本社へ
ご開帳された本社
越南知社
別山社

三十三式年大祭当日の様子を取材した中日新聞の動画

33年に一度 平泉寺白山神社でご神体の御開帳 福井県勝山市

中日新聞デジタル編集部

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