金劔宮 男段と女段

男段女段 白山七社
男段女段

白山第一皇子に至る二つの道

金劔宮の正式な参道は坂を降った下にあります。
ただし、駐車場は坂の上の社殿脇にあり、参道入り口脇にはわずかに三台ほどの駐車スペースがあるのみです。

標柱には「懸社 金劔神社」と刻まれています。


参道を進むと一対の石灯籠が配置されています。

男段の鳥居

男段の参道には大きな石造りの鳥居が配置されています。

埋められて削られた標柱

標柱の「縣社」の文字は埋められており、「金劔神社」の文字は意図的に削り取られているように見えます。


鳥居には金劔神社の扁額

鳥居は石造りの立派なものです。


扁額は銅板のように見えます。
金劔神社と刻まれていました。

なぜ金劔神社なのか?

ここはチャッピー先生に聞いてみましょう。

ChatGPTによる解説

とても良いところに気づかれました。

結論からいうと、坂の下(一の鳥居)の「金劔神社」という刻字は明治時代の正式社名の名残であり、現在の正式名称である**金劔宮(きんけんぐう)**とは時代による呼び名の違いです。 

なぜ鳥居は「金劔神社」なのか

金劔宮は約2100年の歴史をもつ古社で、時代ごとに社名が変化しました。

古代〜中世:劔宮・劔神社

「つるぎのみや」「つるぎじんじゃ」と呼ばれ、鶴来の地名の由来になったと伝わります。

江戸時代:金劔宮

神仏習合の影響で「宮」の名が広く用いられ、「金劔宮」が定着しました。

明治時代:金劔神社

神仏分離で全国の「宮・権現」などが「神社」に改められ、県社となった当時の正式名称が「金劔神社」でした。

現在:金劔宮

歴史的な旧称である「金劔宮」に復し、神社も現在はこの名称を用いています。

この経緯は神社の由緒や白山市の文化財資料にも記されています。

多くの神社は明治時代の改名をそのまま受け継いでいると思われますが、金劔宮はあえて明治時代以前の名称に改名したということのようです。

男段女段
男段の石段

さらに参道は立派な石段を登ってゆきます。


石段を登り切ると一旦右の方に進みます。


坂の上から見た男段の石段。


石段を登り切って右に曲がるとこの坂道と合流します。


社殿に向かうためにはもう一度石段を登りますが、現在はこの石段は通行止めになっています。
理由は、金劔宮の参道を横切る形でバイパス道路ができたために横断するのが非常に危険だということのようです。


この写真の右側が石段の出口です。
石段を進んでゆく場合、この道路を横断することになります。

女段(南参道)の鳥居

女段の鳥居は男段の参道入り口から南に進んだ小路の奥にあります。
こちらも駐車スペースはありません。

こちらの鳥居は男段側に比べるとかなり小ぶりです。
標柱の文字も「縣社金劔神社」と刻まれています。
同じく明治時代のものなのでしょう。
そして縣社の文字も埋められていました。

戦後GHQの指導のもと、国家による神社の格付けを廃止させたことで全国的にこのようなことが起こったとされています。

女段の鳥居には扁額は掲げられていません。


不動滝

女段を登ってゆくと不動滝が現れます。

いかにも滝行のために作られたような滝ですね。
公式には街中では珍しい自然にできたものだとされております。


金劔宮境内 不動滝(きんけんぐうけいだい ふどうたき)

金劔宮参道は、勾配のやや急な通称「男段」と緩やかな「女段」があり、この滝は「女段」の脇にあり、河岸段丘の落差によって生じた、高さ7m、幅2mの直下型天然滝で、市街の中にあるところから極めて珍しいとされています。また、冬季には凍結することがあり不動滝氷柱と称されています。

金劔宮境内 不動滝(きんけんぐうけいだい ふどうたき)|白山市公式ホームページ
白山市公式ホームページ

不動滝氷柱ですか?
これは是非ともみてみたいですね!
撮影できたあかつきには白山百景のうちの一つに加えたいものです。

滝の下の池には鯉が泳いでいました。


不動滝の周りはこのような感じでございます。

岩清水薬師不動尊

さらに女段にはこのような立札が立っています。


ChatGPTによる解説

岩清水薬師不動尊とは?

岩清水薬師不動尊(いわしみず やくしふどうそん) は、白山市鶴来町の 石清水薬師不動尊参道(女段)の途中にある霊場です。
岩の間から湧き出る名水「岩清水」を守護するお堂で、古くから病気平癒・健康長寿・医薬のご利益があると信仰されてきました。 

「薬師」と「不動」が一緒に祀られる理由

このお堂には二つの仏の信仰が重なっています。

  • 薬師如来:病気を治し、人々の健康を守る仏
  • 不動明王:災厄を払い、修行者を守護する明王

白山信仰では、神と仏が一体となる神仏習合の文化が長く続きました。そのため金劔宮の参道にも、このような仏教のお堂が今日まで残されています。 

金劔宮には神仏習合の名残が社殿にこそそれほど色濃く残されていませんが、女段にはその名残というにはあまりにもあからさまに、如来らや明王やら、修験道やらの名残が感じられます。

この写真もチャッピー先生に解説してもらいます。

ChatGPTによる解説

この写真の手水鉢の正面には、

「清心」(せいしん)

という二文字が刻まれています。

写真では向かって左に「心」、右に「清」が見えますが、石造物では右から左に読む古い表記のため、「清心」となります。

清心の意味

「清心」とは、心を清らかにする、邪念を払い、敬虔な心で神仏に向き合うという意味です。

岩清水薬師不動尊の手水鉢に刻まれているのは、湧き水で手や口を清めるだけでなく、心も清めて参拝するという教えを表しています。

この手水鉢は、金劔宮女段の岩清水から流れる霊水を受けるもので、文字と湧水の信仰がよく調和した意匠になっています。

なるほど、、、、。

岩清水薬師不動尊でございました。


金劔宮 小川幸三故宅の地

明治維新の際の鶴来勤王三士の一人で、加賀藩の勤王の首魁であった小川幸三の生家跡だそうです。
天保七年にこの地に生まれ、国事に尽くしましたが、齢二十九で処刑されました。
妻の小川直子は女子教育の先駆者でした。

『白山市 金劔宮① 不動滝・岩清水薬師不動尊・小川幸三故宅の地など』
石川県白山市に鎮座する金劔宮は、古くは劔宮と呼ばれ、鶴来という地名の由来になったとも言われる古社です。古来、白山七社の一つに数えられ、白山第一王子とも称されま…

さらに女段を登ってゆくと右手に地下道の入り口が見えてきます。

男段も女段もこの地下道を通って金劔宮に出ることになります。

地下道から階段を登ってゆきます。


地下道の出口はこんな感じです。
金劔宮はその歴史の長さ故に色々と不思議なものが存在する場所だと思われますな、、、、。

地下道を抜けると社務所の前に出ました。


地下道は途中で二手に分かれて、南参道(女段)と男段側に分岐しています。
何とも不可思議な?
男段、女段でございます。

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