菩提寺峯のかほく市側にあるお滝不動尊
津幡町菩提寺はその昔同じ名前の真言宗寺院が存在していたことからその名前がついたと、村の裏手の山は菩提寺峯で、その峰を越えてかほく市上田名という集落に下る坂を『菩提寺坂』と呼んだそうな、、、。
菩提寺坂を下って田んぼが見えてくるあたりにお滝不動尊の案内板がありました。
お滝不動尊の案内板

左にあるのが『名勝 笠山の滝』の案内板 右にあるのが『文化財 名所 お滝不動尊』の看板です。
笠山の滝も見てきましたが、お滝不動尊とは直接的な関係はないものと思われます。
▶️かほく市笠山の滝 HD 1080p(別ウインドウでYouTubeサイトを開きます)

ここから150mとありますが、実際には300mくらいあるように感じました^^;w
ChatGPTによる解説

お滝不動尊に続く道は人がやっと歩けるほどの細い道ですが、コンクリート舗装されています。
コンクリートじゃなかったら草藪になってしまって歩けないと思われます。
それでは、順路を進みながら、チャッピー先生に解説してもらいましょう。
お滝不動尊 ChatGPTによる解説

かほく市の「お滝不動尊」は、石川県かほく市上田名(うわだな)地区にある小規模な霊場・滝行信仰の場で、地元では古くから「お滝さん」とも呼ばれてきました。現在も静かな山間に不動明王信仰の痕跡を残しています。
所在
お滝不動尊 史跡
この不動尊は、自然の滝と結びついた「滝信仰」の一種で、白山信仰や修験道の流れとも関係すると考えられます。
石川県では、山岳修行と滝行を組み合わせた信仰が各地に残っており、特に河北郡・羽咋郡周辺には小規模な不動尊や行場が点在しています。

不動尊とは
不動尊とは、仏教の「不動明王」を祀る信仰施設です。
不動明王は、
- 火炎を背負う
- 剣と縄を持つ
- 煩悩を断ち切る
という特徴を持ち、修験道では山岳修行者を守護する重要な尊格でした。
滝のそばに不動尊が祀られるのは、「滝そのものが浄化と修行の場」と考えられていたためです。

お滝不動尊の特徴
現地は大規模寺院ではなく、
- 小祠
- 石仏
- 滝
- 行場跡
といった民間信仰的な構成である可能性が高いです。
こうした「お滝不動」は、江戸時代〜昭和初期にかけて、
- 眼病平癒
- 頭痛除け
- 水難除け
- 厄除け
- 雨乞い
などの祈願対象になることが多く、地域共同体の信仰拠点でした。

白山信仰との関係
加賀地方の滝信仰は、しばしば 白山比咩神社 を中心とする白山信仰圏と関係しています。
白山修験では、
- 山
- 岩
- 滝
- 清水
を神仏の依代とみなし、滝行を重要な修法としていました。
かほく市周辺にも、
- 白山社
- 不動堂
- 山の神
- 行者堂
などが点在しており、お滝不動尊もその流れの中にあると考えられます。

石川県の滝不動信仰との共通性
石川県内では、中能登町の「不動滝」などにも似た信仰が見られます。そこでは、滝壺横に不動尊が祀られ、修験者の荒行の場だったと伝わります。
お滝不動尊も同様に、
- 山中の霊場
- 滝行
- 修験道
- 地域祈祷
の性格を持っていた可能性があります。

チャピー先生の解説は以上になります。
今回の解説は当たり障りのない無難な解説だったと思います。
逆にいうと、こちらのお滝不動尊の情報はネットを探してもほとんど出てきません。

写真の参道はだんだん藪になってきました^^;w
それだけ、こちらのお滝不動尊はローカルな信仰の対象だということでしょう。

15分ほど歩くと何やらお堂のようなものが見えてまいりました。
能登地震の痕跡か?

能登地震では津幡町あたりもかなり被害を受けたと聞いています。

断言はできませんが、その時に崩れたのではないかと想像されますね。

お堂が見えてきました。
結構新しい感じの祠ですね。
何かのお堂の跡のような石垣

お堂の手前に小さな石垣のようなものがありました。
ここにも何かが祀られていたのでしょうか?
廃仏毀釈の陰

お地蔵さまだったのでしょうか?
頭がもぎ取られています。
こちらはGoogle AIに解説してもらいます。
廃仏毀釈Google AIによる解説

廃仏毀釈と石仏破壊の歴史
- 神仏分離令と民衆の熱狂
明治政府が発令した「神仏判然令(神仏分離)」は、神社と寺院、神と仏を明確に分けることを目的としていました。しかし、これが過激化し、民衆や神職による仏教施設の襲撃(廃仏毀釈)へと発展しました。- なぜ石仏が壊されたか
かつて神社内に祀られていた本地仏(神の本来の姿とされる仏)や、道祖神・地蔵信仰と結びついて村の入り口や辻に置かれていた石仏が、仏教排斥の標的となりました。- 首なし石仏の誕生
長野県などでは、神仏分離の象徴として石仏の「首」を打ち落とす破壊行為が多発し、現在でも全国各地で首のない石仏や、欠損した状態で道端に安置されている石仏を見ることができます。徹底された地域と防衛の動き
地域によって破壊の規模は大きく異なり、特に以下の地域で激しい被害が出ました。
- 鹿児島(薩摩藩):藩主の意向もあり、1,066あった寺院がすべて廃絶され、石仏や仏像も徹底的に壊されました。
- 富山・水戸・高知など:廃仏運動が非常に過激だった地域です。
一方で、破壊を惜しんだ民衆が密かに石仏を地中に埋めたり、別の場所に移したりして守り抜いたケースも多く存在し、現在各地で「隠し仏」や「救出された石仏」として語り継がれています。
さらに詳しい歴史的背景や現状については、ダイヤモンドオンラインの日本史の一大汚点「廃仏毀釈」や、ちくま新書の『廃仏毀釈 寺院・仏像破壊の真実』などの書籍で確認できます。
謎の顔??

この顔の石はなんだろう??

なんだか怖いかも??w
お滝不動尊の祠

これがお滝不動尊の祠です。
ずいぶん立派で、地元との人たちにいかに大切にされているかが伝わってきますね。

重機も車も入ってこれない山の中でコンクリートを運ぶだけでも結構な大仕事です。
お滝不動尊

格子越しの不動明王さまです。
お滝の形跡

お滝不動尊の言い伝えでは、不動尊の横に滝があったとされています。
おそらく、この奥に見えるあたりに滝があったのでしょう。
実際、この付近には小川が流れているので、ここが昔滝であったとしてもなんら疑問を感じない雰囲気です。
ネット上ではこれ以上手掛かりとなる記事は見つかられませんでしたが、上田名地区に残る伝承が紙芝居としてYouTubeにアップされているのを発見しました。
白山信仰との関連は触れられていませんが、お滝不動尊の由緒を雄弁に解説してくれていると感じました。
紙芝居 おたきの不動尊 YouTube動画より
▶️おたきの不動尊(別ウインドウでYouTubeサイトを開きます)


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