白山比咩神社の外拝殿前の境内広場に存在するものを紹介してゆきます。
白山比咩神社の大ケヤキ

内の神門前の西側にあり、樹高約25m、幹周約5.3mで、樹齢約1000年と推定されています。樹高が比較的低いのは、根元部分の地形からみて、神門前の境内を拡張造成し、周囲に玉垣をめぐらす工事の際、数m土盛りをしたためと思われます。
https://www.city.hakusan.lg.jp/bunka/bunkazai/1006458/1006455/1002434.html
樹齢1000年の大欅の木。

見上げるとこんな感じでございます。
白山奥宮遥拝所

小さな鳥居がある奥宮遥拝所です。

特に御社とかはありません。

なにやら石のようなものが見えます。
離れたところから白山山頂の奥宮を拝む遥拝所。神門をくぐった右側にあり、大汝峰、御前峰、別山の「白山三山」の形をした大岩が祀られています。毎月1日と15日の月次祭(つきなみさい)では、神職による遥拝が行われています。
https://www.shirayama.or.jp/map/

鳥居には「白山奥宮」の扁額が掲げられています。
白山比咩神社の名を冠した扁額は掲げられていませんでしたが、摂社や末社には扁額が掲げられているようですね。
御社は大きな石

鳥居の奥には三つの大きな石が祀られています。

中央は御前峰を表す一番大きな石です。

左側は大汝峰を表す石です。

右側の別山を表す石。
この三つで白山三所権現を表しているのでしょうか??
三所権現という名乗り方は神道の聖地である白山比咩神社では使えないように思われますね。
白山比咩神社では、御祭神を三柱と呼び、
白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ) = 菊理媛尊(くくりひめのみこと)、
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、
伊弉冉尊(いざなみのみこと)
とされています。
三所権現という呼び方はしていません。
それに対し、平泉寺白山神社には拝殿らしき建物が三つあり、三所権現をお祀りしています。
美濃国の長滝白山神社や中居白山神社においても、三所権現をお祀りする拝殿は三つに分かれています。
越前馬場も美濃馬場も神仏習合の名残を留めているのに対して、白山比咩神社は、全国三千余社の白山神社の総本宮として、あくまでも神道に忠誠という感じがしますね。

白山信仰においては大きな石を神聖なものとして崇めるという特徴があるので、社殿代わりに石に想いを託しているように感じられました。
白山遥拝所の案内板

もう一つ、白山奥宮遥拝所の立て札があります。

霊峰白山についての説明書が記されています。
御製碑、方位盤
御製碑

御製碑
https://www.shirayama.or.jp/map/
手取川上流で採石された砂岩でできた石碑です。昭和55年に今上陛下が詠まれた和歌、「ももとせの 昔帝(むかしみかど)の 見ましけむ 白山(しらやま)にして 我(われ)のぼりゆく」が刻まれています。
方位盤



白山御前峰山頂に昭和12年から平成19年まで設置されていた方位盤です。
https://www.shirayama.or.jp/map/
盤持石(ばんもちいし)

あかいし 八斗五升 三十四貫 127.5kg
おまもりいし 一石 四十貫 150kg
あおいし 一石一斗五升 四六貫 172.5kg

Google AI による概要
盤持石(ばんもちいし)とは、主に神社や寺院の境内に奉納されている、若者たちが力比べや成人の証として持ち上げていた大きな自然石のことです。地域によって「力石(ちからいし)」とも呼ばれ、100kgから200kgを超えるものもあります。
日本海側、特に富山県や石川県(加賀地方)などの北陸エリアを中心に「盤持石」という名称が定着しており、江戸時代から昭和初期にかけて村の若者たちがその技を競い合いました。主な特徴と歴史は以下の通りです。
- 重さの基準:米一俵(約60kg〜75kg)から始まり、26貫(約97.5kg)や35貫(約131kg)、中には48貫(約180kg)を超える石もありました。
- 成人の儀式:かつては、重い盤持ち石を両手で抱え上げ、膝の上に乗せて立ち上がることで一人前の成人として認められる風習がありました。
- 伝統の継承:現在でも、富山県入善町の「新屋住吉大社」などでは、毎年7月に「大磐祭り」が開催され、100kg以上の石を持ち上げる神事として受け継がれています。
この手の石は白山神社以外でも石川県内ではよく見かけます。
その他にもまだありそうな気がしますが、主だったものはこんな感じでございます。


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