津幡町興津白山神社

津幡町興津白山神社 白山神社
津幡町興津白山神社

村社白山神社の標柱

津幡町興津の集落にある白山神社です。
斜面に沿って平がっている集落の一番高いところにそのお社は鎮座しています。
標柱には村社白山神社とありました。
その奥左側には枝垂れ桜だと思われる木があります。

ちなみに標柱の側面には
『石川縣知事従四位勲三等土井章平謹書』
と刻まれています。


石川県知事一覧Wikiによれば、土井章平は1940年(昭和15年)1月19日から1941年(昭和16年)1月7日まで官選知事を務めたとあります。

それほど古い標柱には見えないので、その当時の謹書を元に石を彫ったのかもしれません。

一の鳥居は石で作られたもの

参道を進むと鳥居が角度を変えて二つ見えてきます。


一つ目の鳥居は石で作られており、白山神社の扁額が掲げられています。



二の鳥居は木製瓦葺

二番目の鳥居は立派な木製の鳥居で雨に当たらないように瓦屋根が設られています。
なんと贅沢な!w


こちらも木の扁額で白山神社と掲げられています。
この村の人々がいかに白山神社を大切にしていたかが伝わってきますね。

参道の石段を登ってゆきます。


石をくり抜いた手水鉢。


御神木はもみの木だと思われる

御神木はもみの木だと思われる。
確かな確証はないのだけれど、みた感じはもみの木かなと、、、、。
情報求む🙇


興津白山神社拝殿

これが興津白山神社の拝殿です。
こじんまりした感じの鎮守の森の神様という感じです。


津幡町の神社と祭神の分析ー種谷及び英田編ーから

白山神社 旧村社 興津1
主祭神 伊那奈美之命(いざなみのみこと)
由緒創立年代不詳。
明治5年村社に列す
宝暦十四年(1764)6 月金沢住仏師松井冠清作十一面観音を奉納す。
宮司 松本氏(松尾神社 金沢市町).他に七野・杉瀬の神社も

【石川県神社誌】

字興津に在り。
村社にして菊理姫命を祭る。
明治六年村社に列せらる。

                   【河北郡誌】

祭神 伊邪奈美之命
春祭 4・6 秋祭10・13
興津の産土神(うぶすながみ)。

                   【津幡町史】

加賀国河北郡と能登国羽咋郡の境。
寛文年間(1861~72)の百姓数26(高免付給人帳).
文化 八年(1811)の家数59・人数317(「河北郡村々 書上帳」同文書)。
安政二年(1855)の家数65・ 人数316(「高免家数人数等書上」亀田文書).
集落東部真宗大谷派明円寺は越中国礪波郡城端 善徳寺(現富山県南礪市)の道場で,明治四年(1871)寺号免許、同十二年寺号公称を許された。
蓮如筆字名号を所蔵する。
西部の同派憶念寺は 文明年間(1469~87)の創立と伝え、越中国 岡超願寺の道場であった。
明治三年寺号免許、同 十二年寺号公称を許された。
池ヶ原の同派敬楽寺は慶長九年(1604)当地から移転したとも伝える (河北郡誌).

                           【平凡社「石川県の地名」】
参考 ・境内に五輪塔の部分が数基ある。

Chat GPTによる解説

津幡町興津の白山神社は、石川県河北郡津幡町字興津ナ1番地に鎮座する白山信仰の神社です。
創建年代は不詳ですが、古くから興津集落の産土神(うぶすながみ)として地域住民の信仰を集めてきました。

御祭神

主祭神は 伊邪奈美命(いざなみのみこと) です。

一般的な白山神社では菊理媛神(くくりひめのかみ)を主祭神とする例が多いのですが、興津の白山神社は伊邪奈美命を祀る点に特徴があります。白山信仰では伊邪那岐命・伊邪奈美命・菊理媛神の三神を合わせて祀る例も多く、興津の社もその信仰体系の中で成立したものと考えられます。

歴史

石川県神社庁によると、

  • 創立年代は不詳
  • 明治5年(1872年)に村社となる
  • 宝暦14年(1764年)6月、金沢の仏師・松井冠清信作の十一面観世音像が奉納された

と伝えられています。

この十一面観音奉納の記事は、神仏習合の時代の名残を示しています。明治以前の白山信仰では神社と寺院の境界が曖昧で、白山権現として観音信仰と結びついていたため、神社に観音像が奉納されることも珍しくありませんでした。

興津と白山信仰

興津は津幡町東部の山間地域に位置し、古くから農業や山林利用によって生活してきた集落です。
白山神社は豊作祈願や五穀豊穣、家内安全を願う地域の守護神として機能してきました。
白山信仰は加賀・越前・美濃を中心に広がった山岳信仰であり、白山を神体山として崇める信仰の末端が各集落の白山神社でした。

見どころ

  • 興津集落の鎮守としての素朴な山里の社
  • 白山信仰と神仏習合の歴史を伝える由緒
  • 江戸時代の十一面観音奉納の記録
  • 地域共同体の歴史を今に伝える産土神社

大規模な神社ではありませんが、白山信仰が津幡町の山間部まで深く浸透していたことを示す貴重な存在です。
現在も地域の祭礼や氏子の信仰によって守られています。

こと、神社の解説になるとChatGPTがやたら雄弁に語りますね。

気になったのが灯籠です。
こちら左手はなんともないのですが、、、、。


右手のが庇が欠けています。


欠けた部分が根本に積んでありました。
地震の影響なのでしょうか?
もっと前からこうなのか??
よくわかりませんでした。

拝殿の後ろに本殿がある感じですかね?


神社から見下ろす興津の街並み

なにかいかにも鎮守の森の神様という感じがしますね。


古き良き日本を今に伝える。
興津の集落はそんな雰囲気を持った町でした。
その中心に白山神社が存在していたわけです。


白山神社と白山連峰

右手に見えるのが興津白山神社の御神木くすの木です。
つまり、そこが白山神社の位置になります。


白山連峰と白山神社の御神木が並んで見えますね。


興津白山神社の御神木と白山連峰が何かお互いに会話でもしているかのような、、、、。
そんな絵に見えてきますね。
なるほど、御神木とは神々のメッセージを受信するためのアンテナなんだな^^;w
そんなふうに見えませんか??


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