船岡山 白山比咩神社創祀の地

白山比咩神社創始の地 白山比咩神社
白山比咩神社創始の地

船岡山登山口

白山比咩神社の北参道駐車場から北側に5分ほど歩いたところに登山口があります。
目印になる木の案内板がありますが、現在は何も書かれていません。
消えた?のでしょうか??

山道に入り込むと、かつて鶴来城が存在したという案内が掲げられています。
登山といっても、登り15分ほどなのでスニーカーとかでも手軽に歩けるハイキングコースですね。

劔城想像図

船岡山全体がその昔は劔城の要塞だったことを示す想像図です。

石川県立白山青年の家のHPより

白山青年の家

<舟岡山遊歩道…鶴来町指定史跡>

今から約500年~400年前の室町時代から戦国時代の城跡です。

この城は、当初、一向宗の人達によって築かれたと考えられています。

1580年(天正八)、一向宗側の若林長門父子と織田長の家臣柴田勝家、佐久間盛政が戦い、この城は攻め滅ぼされました。

その後、前田利家が金沢城に入城後、利家の家臣高島石見守定吉が入りますが、江戸時代前に廃城になりました。

資料館(旧白山塾禊殿)

https://hakusanseinen.jp/sizen/funaokayama/funaokayama.html

クリックでPDFファイルを開きます。

↑こちらのPDFファイルが非常にわかりやすく解説されています。
今回は本丸口から登りました。

この地に白山本宮が存在していたのは紀元前91年から紀元後316年までなので劔城よりもさらに大昔の話です。

船岡山登山道の様子

夏場でも草刈りされており整備された遊歩道です。


竹と杉の木の細道を蛇行しながら登ってゆきます。


足元は明瞭で道を見失うことはないと思います。
ただし、夏場は藪蚊に要注意です!
虫除けスプレイは必須ですね。

天から舞い降りた下り龍

何度かつづら折を登り切るとまるで龍神様のような太い木のツルが出迎えてくれます。


船岡山頂部は広大な平地

船岡山頂部は非常に広い平な地形になっており、当時の劔城の勢力の大きさを物語っているようです。


現在は山一面に杉の木が植林されています。


城跡の石垣の名残

頂部には一段高い場所があり、劔城の石垣の名残のように見えました。


石垣の周りには堀のようなものがあったのでしょうか?

白山比咩神社創始の地

山頂部の広大な平地の一角に白山比咩神社創始の地の石碑があります。


白山比咩神社創祀の地

白山本宮がここに創祀されたのは紀元前91年でございます。


白山比咩神社創祀之地 由来

頑張って文字起こししてみます。

白山比咩神社創祀之地

白山本宮 加賀一宮としてあまねく尊崇されている白山比咩神社は 加賀平野から「霊峰白山」を仰ぐ「まつりのにわ」として、崇神天皇の七年(西暦紀元前九一年)「はじめてここ舟岡山に祀られたと伝えられている

その後応神天皇の甘八年(三一六)手取川畔(十八講河原周辺)に選され さらに元正天皇の霊亀二年(七一六) 安久涛の森に遷されたが 後土御門天皇の文明十二年(一四八0)大火により堂塔伽藍悉く炎上したため 末社三宮の鎮座地である現在地に遷座され今日に至っている

白山比学神社創祀の地であるここ・母岡山も室町期には舟岡城が置かれ本丸・二の丸跡であった

このたび現在地の地権者 鶴来町酒井英次氏一族及び竹村孝雄氏らが「平成御大典」を記念して父祖伝来の由緒地を白山比咩神社に奉納された
茲に記念碑を建立し、ご篤志を顕彰すると共に益々のご神徳の発揚を祈念するものである

平成五年五月吉日

白山本宮 加賀一の宮
白山比咩神社 宮司 太田辰已識
林 紅鶴 謹書

以上が石碑の文字起こしです。

白山比咩神社創祀の地

白山信仰の始まりが、今から1300年前の泰澄大師による白山開山とされていることが多いと思いますが、それは修験道や神仏習合の白山信仰の始まりであって、この地をまつりの宮と定め白山本宮の創祀とされるのはそれよりもはるか昔、紀元前91年であり、今を遡ること2100年以上の歴史を茲に刻んできたということになります。

それが白山信仰の聖地 船岡山なのであります。

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